西 域・遥かなるシルクロード

 ~  カシュガルウルムチトルファン・敦 煌・西 安 ~

 

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カシュガル   古民街を行くロバ車

 

 昨年の7月に訪問した安徽省黄山に続き、今年7月、1週間の駆け足の強行日程であったが、一行14名とともに玄奘三蔵が仏典を求めてガンダーラやインドを目指して歩き続けた西域の、カシュガルウルムチトルファン、敦煌、西安を訪れた。

 

 まずは、上海から5時間半のフライトでようやくウルムチに到着し、休憩後再び機内に乗り込み1時間半でカシュガルに到着した。このコースは5回目の訪問になるが、総じて、中国各地と同様に訪れるたびに街並みなどの近代化が進行しており、20年前に初めて訪れた時の印象からは随分と雰囲気や風情も変わってしまって、かってのシルクロードである天山北路と南路の香りも次第に薄れ始めている。2年後には、何と北京ーウルムチを14時間で結ぶ高速鉄道が、内蒙古の大草原と砂漠の大地を走り抜けて全線開通するという。

 

 〇 カシュガル

 この街は、西域北道と南道、そして中央アジアからの路が交差する交通の要所でもあることなどから「民族の十字路」と呼ばれている。ウイグル族、タジク族、カザブ族、キルギス族、漢族、回族などの民族が共存共栄しており、なかでもウイグル族が多く、まさに中国の中の外国である。街の中心部には、中国で一番大きいイスラム教寺院であるエイティガール寺院や木工、金属類、民族楽器などの生活用品を造って売る職人街があるが、バザールへ足を運んで民族色豊かな矢かすり模様の布、ウイグル族愛用の帽子、干し葡萄、香料などの数々の品々の売り場を散策するのも楽しい。さて、ここまで来たならば最大の見どころは、街からバキスタン国境へと続く「カラコルムハイウェーイ」、かってのシルクロードである。いわゆる高速道路ではないが、カシュガルを出発して布倫湖を過ぎると、やがて“ 氷河の父 ”と言われるムスターグ・アタ峰の雄姿が目に入り、カラクリ湖に到着する。ここまでは、街からバスで約4時間かかる。この辺りは標高が3,500m位あり、コングール峰も見渡せる。いずれも7,700m級の高峰であり、天山山脈やk2を主峰とするカラコルム山脈そして崑崙山脈とも通じており、「世界の屋根」パミール高原とも呼ばれている。このムスターグ・アタ峰の向こうは、遊牧民の国、タジキスタンである。運がよく、訪れた日は雲がほとんどなく稀に見る好天であり、日本では見ることが出来ない氷河の白色と紺碧の空のコントラスト、そして大パノラマを十二分に満喫することが出来た。この素晴らしい風景が見られれば、カシュガルまで来た値は十分にある。この路は、ここからタシュクルガンの街を過ぎて、国境であるグンジュラブ峠へ、そしてウズベキスタンのサマルカンド、ブハラ、ヒバ、イランのマシュハド、イスファーハン、トルコのイスタンブールなどのシルクロード交易都市へと続く。

 

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 カラコルム・ハイウェーイ 布倫湖と湖面に映えるパミールの山並み

 

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 カラコルム・ハイウェーイ  約7,600mのムスターグ・アタ峰とカラクリ湖

 

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 カシュガル 職人街の近くにあるエイティガール寺院

 

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 カシュガル  絨毯を織る若き娘

 

 〇 ウルムチ

 近年は、漢族化が急激に進んでいる新疆ウイグル自治区省都。また高層ビルの数も来る度に格段に増えて大都会になっているが、街中には国際バザールもあって経済の発展と活力も十分に感じることが出来る。郊外には、カザブ族の居住エリアで中国のスイスとも呼ばれる湖の天池、また乗馬が楽しめて渓谷もある南山牧場などがあるが、観光地としてはそれほどでもないように思う。今回はカシュガルから飛んで来て宿泊せずに、途中で車窓から天山山脈東端の主峰ボグタ峰を仰ぎ、最近中国が環境政策に力を入れて進められている風力発電機が6,000個ほど立ち並んでいる一帯を通り過ぎ、約2時間余り高速道路を走って、ようやく深夜トルファン大飯店に到着した。

 

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  ウルムチ 車窓から仰ぐ高さ約5,600mのボグタ峰

 

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  ウルムチ  トルファンへの途中で見た立ち並ぶ風力発電

 

 〇 トルファン

 別名「火州」と呼ばれ、低地でもあることから中国で最も暑いと言われるトルファンの街。着いた翌日の日中気温は46度あると言われて思わず木陰を探したくなったが、直射日光を浴びているとさすがに肌が痛い。でも湿気が少なく風も吹いて意外と爽やかな感じで、カシュガルとともに、天山からの水路が街を潤しオアシスを感じさせてくれる街でもある。また郊外に行くと、ポプラ並木と葡萄畑、この葡萄を干す格子状の窓がある小屋が見られ、これがまずトルファンの風景であろう。この街の見どころは郊外に多くあって、ベゼクリク千仏洞、火焔山と高昌故城、交河故城、蘇公塔、天山からの水を引くためのカレーズなどである。このカレーズは地上に流すと暑さのために水が蒸発するため、地下に流しており、長城、大運河とともに中国3大建築物と言われている。東の郊外約40kmにある高昌故城は、玄奘三蔵が仏典を求めてインドへ向かう途中に、高昌国王の麹文泰に迎えられて2ケ月ほど滞在して説法を行ったところでもある。ここでは観光の他に、有名な干し葡萄とともにハミ瓜やスイカなどの果物がおいしく、水分の補給には十分である。この干し葡萄はバザールに行くと山の様に積まれて売っているところがある。夕食は郊外のカレーズ楽園近くの民家でラグメンやナンなどの家庭料理を作ってもらった。偶然にも、この家庭は5年前に訪問した家庭であって、子供たちも大きくなっていてなつかしく再会をした。ただトルファン滞在中に、ウイグル民族の男性が民族楽器を弾き、女性はウイグル民族衣装で舞を踊る姿が大変印象的だった民族歌舞団をぜひ見せたかったが、最近この活動は後継者不足のためか、資金不足のためか、今ではなかなか見られないと言う。見たのは、ショー的な要素が強い演劇風の踊りであった。シルクロードの香りがいっぱいに漂い、民族色豊かなこのウイグルの歌と楽器での演奏、そして踊りが見られなくなることは真に残念である。

 

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 トルファン  火焔山近くにあるベゼクリク千仏洞

 

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トルファン 葡萄棚が続く青年路を散策

 

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 トルファン  猛暑の中、ロバ車で高昌故城内を周遊

 

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 トルファン 新疆を代表するイスラム建築様式・蘇公塔

 

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 トルファン ウイグル民族舞踊風のショー

 

 〇 敦 煌

 トルファンからは、ウルムチ、蘭州、西安、北京を結ぶ蘭新線で空調設備がある軟臥寝台車に乗り、8時間位で敦煌に最も近い柳園駅に着き、新疆ウイグル自治区から甘粛省に入ったことを確認出来た。この駅から敦煌のオアシスまでは車で2時間位かかるが、車窓からは遠くに祁連山脈だけが霞んで見えたが、あとは乾いたゴビ灘が延々と続くだけで何もない。時間がなかったので、まず最初にかっての西域への出入り口であった玉門関を目指した。到着するまで延々と広大なゴビ灘だけが広がっている。ここは、唐代王維の「元二の安西に使するを送る」の陽関とともに、李白の「子夜呉歌」でも有名なところ。まだ陽関ほど観光化されておらず、近くには辺境の防人たちの食糧倉庫としての役目を果たすために建てられたと言う河倉故城跡もあり、時間があればぜひ立ち寄りたい場所である。さてここ敦煌は、前漢武帝匈奴の侵入に備えて河西に4つの郡をおいたその1つである。黄河の西、河西回廊にある武威(涼州)張掖(甘州)酒泉(粛州)そして敦煌(沙州)を河西4郡と言うが、この沙州のメーンは「砂漠の大画廊」莫高窟と、東西約40km、南北約50kmの大きな砂山である鳴沙山である。莫高窟には、492の石窟あるそうだが、一般公開されている石窟は40箇所。特別石窟を入れて壁画を中心に10石窟余りを回った。全部をゆっくり回ると1週間はかかると言われるが、研究所員の説明を聞いても、何回来ても簡単に理解することがなかなか難く、「366年に楽僔と言う僧によって造営が始まり、〇〇時代の何々」と説明されても・・・。いつも、仏教美術史の知識不足を強く感じさせられる。写真でよく見る九層楼は、改修工事であった。夕方にかけて近くの鳴沙山に向かったが、また少し砂が熱い。ここでは、駱駝に乗って「月の砂漠」的、シルクロード的な感じを体験することが出来た。また高さ200m位もある巨大な砂山の壁が幾重にも重なる風景は迫力があって圧巻である。前回は夕方遅くに来たが、駱駝に乗りながら見たオレンジ色の沈む夕陽と月明り、そして砂山のシルエットが美く、砂山の上からの景色は抜群!、幻想的な世界であった。鳴沙山を訪れるのは、夕方から夜がベスト。しかし、ここでも観光化のための整備が進められて公園化しており、自然の美が一番いいのに・・・。三日月の形をした月牙泉の水は、どうしていつまでも枯れないのかなぁ。

 

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  敦 煌 ゴビ灘にポツリと玉門関(小方盤城) 「総べて是玉関の情・・・」

 

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 敦 煌  敦煌市内に迫って来ていると言われる鳴沙山

 

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  敦 煌 砂漠の中のオアシス、鳴沙山の月牙泉

 

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  敦 煌  威風堂々、「砂漠の大画廊」莫高窟

 

 〇 西 安

 敦煌機場から祁連山脈を眼下に眺めながら、また青海省に水源を発する黄河最大の支流である渭水の流れを見ながら2時間半のフライトで、西安咸陽国際機場に降り立った。この空港は近年拡張されて、ターミナルなどもすっかり国際空港になっていた。さて、今までの少数民族の世界から一気に漢族の世界に突入である。ここはシルクロード東の出発点。まずは、都の守備隊である近衛軍を地下に再現した兵馬俑へと急ぐ。ここの秦始皇兵馬俑博物館のプレートの文字は、文革終末期の4人組逮捕を指揮した中心人物と言われている葉剣英元老の真筆である。葉剣英は客家の出身と言われているが、息子の葉選平は元広東省長、中央委員、全国政治協商会議第一副主席を歴任した。館内に入ると、約6,000体の武装した兵馬俑が40列位にわたって並ぶ姿は写真でよく見るが、まさに秦軍の強大さ、威容さが十分で、一瞬緊張する。あとは銅馬車などが展示されているが、ここでは偶然に世紀の大発見をした農民の楊志発さんに感謝と拍手の気持ち。もう一つは、やはり唐代の第3代高宗が母を供養するために建立した慈恩寺の大雁塔でしょう。ご存知のとおり、ここには、玄奘三蔵がインドから持ち帰った経典や仏像などを保存されたようだ。西安に来ると、この塔を眺めると何となく落ち着くが、今ではここも整備して三蔵像も建てられて公園化され、かっては周囲に畑などもあったが、趣も余りなくなったような気がする。でも中国で現存する唯一の古代形式の城壁で、明代の洪武帝が築かせた西安城壁とともに西安を代表する歴史的建築物である。この城壁は、唐の時代には現在の約10倍の広さがあったと言う。今残っているのはその一部であるが、まさに“大唐の都、世界の長安”である。訪問の最終日は、帰りの空港に行き易いところを選んで、西の郊外にある茂陵と乾陵へと足を運んだ。まずは茂陵であるが、前漢第7代皇帝武帝のお墓である。この辺りには、お墓がたくさんあるが、高さが47m底部の四辺は240mもあり、一番大きい。この隣に茂陵博物館があるが、ここには武帝が寵愛し、匈奴討伐に衛青将軍とともに活躍した若き将軍霍去病のお墓がある。また、河西回廊の武威で発掘された「馬踏飛燕」に似ている石像もある。ここの石像は、馬が匈奴を踏みつけているもの。「馬踏飛燕」の本物は蘭州博物館に陳列されているが、現在、中国国家観光旅游局のシンボルマークにも採用されている。乾陵は、唐代の高宗と唯一の女性皇帝である則天武后の合葬墓である。この墓陵は、梁山の主峰と南峰を利用して造られており、石段の全長は575mもある。なかでも目につくのが、首を切り落とされた石像群があり、服装などからいずれも辺境の少数民族のリーダーのものらしいと言う。この乾陵のような山を利用した大きい墓陵は、南京に孫文の中山陵があるが、スケールでは中国でも類を見ないと思う。私の西安観光では、乾陵は兵馬俑と大雁塔、西安城壁、そして北京の故宮博物院、上海博物館とともに中国三大博物館に数えられている陝西省歴史博物館が推奨である。西安の訪問は9回目になったが、いつ訪れても何か再発見が期待できる街である。

 

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  西 安 秦始皇兵馬俑博物館

 

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 西 安  玄奘三蔵像と大雁塔

 

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   西 安 西安城東門(長楽門)の城壁

 

 

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   西 安  小雨に煙る乾陵参道に立つ女性は則天武后の変身か?

 

    観光だけの訪問は、ここ数年間友たちと毎年行っている。来年は “ 大地と大草原 ” の内モンゴルを訪れてみたいと思っている。

 

これまでの訪問地 

九寨溝、黄龍、成都、楽山、哈爾濱、長春瀋陽、撫順、大連、旅順、麗江、大理、昆明、四双版納、嘉峪関、酒泉、張掖、蘭州、銀川、西安、洛陽、開封、鄭州、登封、泰山、北京、天津、承徳、済南、曲阜、青島、南京、揚州、鎮江、常州、蘇州、宜興、無錫、南通、杭州、上海、黄山、烏鎮、朱家角、周荘、紹興、寧波、桂林、陽朔、永定、厦門、長沙、広州、泉州、香港、カシュガルウルムチトルファン、ハミ、敦煌、宝鶏、重慶、貴陽、武漢、荊州、宜昌、長江三峡、海南島、崇明島など。

 

   

世界文化遺産・安徽省古民居群の「宏村」

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 黄山山麓の黄山市屯渓区郊外には、明清時代の建物が多く残っています。この「宏村」と「西逓」は、ユネスコの世界文化遺産にも登録されています。約150軒ほどある「宏村」には、池や水路が走っており、写生に訪れる人々も多く見られて、心を和まさせてくれます。

中国の名山・黄山

 

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 この7月末、久しぶりに4回目となる安徽省南部にある黄山を訪れました。中国では「黄山に登れば、あとの五岳に登る必要はない」とも言われる名山です。幸い、ガイドさんによれば一年に数少ない好天であるとのことで、同行した友達も奇岩、奇峰、奇松などの素晴らしい絶景、自然美に触れて大変感動していたようです。

 帰りに、山麓にあって世界遺産になっている古民居群の宏村、西逓にも立ち寄り、明・清代の街並みを散策しました。映画のロケ地にも使われていると言うことで、落ち着いた桃源郷のようないい雰囲気でした。

 また杭州の西湖では遊覧船に乗り、またカートで蘇堤や白堤なと゛を回ってから上海に向かいました。西湖は約20回くらい来ていますが、何回訪れてもその四季折々の風情があって心を和ませてくれる中国を代表する景勝の地であり、蘇州、西安、南京、洛陽、開封、北京などとともに文化度の高さも感じさせてくれる街です。

 黄山までは、車で上海から高速道路で杭州を経由して約6時間かかります。時間があれば、まず上海から杭州へ行き、一泊してから黄山へ向かう日程がお薦めです。

 飛行機だと、上海虹橋ー黄山便があります。約1時間弱ですから、時間が合えばとても早く到着できて便利です。            

 列車ならば、上海から蘇州、南京、馬鞍山などを経由して黄山まで約10時間です。